2026/5/31
修羅の末路
司馬遼太郎の「翔ぶが如く」全10巻を読了した。今回2度目の読了である。最初読んだ時は西南戦争の田原坂ぐらいしか知らず、まさか西郷隆盛たち薩摩隼人が宮崎まで行って、逃げるようにして、鹿児島の城山に戻ったとは知りもしないため、読んでいてなんだかよくわからないまま終わったような気がしていた。今回文庫本に添付してある地図などを丁寧に見ながら、熊本城への侵攻、田原坂の攻防と敗退後の進路変更。宮崎に向かい、壊滅して逃げるようにして、道なき道をつたうようにして鹿児島に逃げ落ちる様子と全体的に少し理解できたような気がする。
改めて西南戦争を仕掛けた西郷隆盛、特に桐野利明ら幹部らの仕掛けた戦争はなんと無計画な、あまりにも杜撰な戦争だったのか。ただ膨れに膨れ上がった闘争の修羅の命のままに、薩摩隼人は傲慢の戦さを遂行していた。確かに弱かったであろう鎮台兵を怒りに任せて、溢れる力のままに示現流の刀で撫で切りにした。しかしながら、いつしか鎮台兵の近代化された圧倒的火力の前に兵をことごとく失い、気づいてみるといつのまにか兵力が衰え、日本の武士最強の薩摩隼人は西郷隆盛以下全滅した。
鹿児島城山に立てこもり逃げ落ちる様は、仏教に出てくる、阿修羅が自分より弱い者に対しては、海さえも自分のすねの高さに満たないと感じるほど、身体を巨大化させて傲慢に振る舞い戦うものの、帝釈天のような手強い相手に敵わないと知ると、空気の抜けた風船のように縮こまり、蓮の穴に隠れた様子を思い出した。
日本の武士の象徴とも言える薩摩隼人の戦闘が最後鹿児島城山でことごとく打ち破られ死に絶える様子を、「千年の武士時代の最後」と司馬遼太郎は表現していた。1221年朝廷を打ち破り武家政治の始まりとなった承久の乱から約650年、1877年西南戦争において、修羅を命とする日本の侍、武士の命脈はここで決定的に絶たれたと感じる。
戦争終了後、勝った大久保利通も暗殺され、大久保側に立ち、明治維新を推進するため近代警察を創った川路利良も魂を打ち抜かれたかのように衰弱して死んでいった。修羅と修羅の命がぶつかり死闘を繰り広げた末路はあまりにも無惨な結末である。
この小説はここで終わりとなるが、命脈を完全に絶たれたと思われていた日本に巣食う修羅の命は、第二次世界大戦、太平洋戦争を頂点とする軍国主義として更に強大になって蘇ることになる。そして、今度は他国のさらなる強大な軍事力に徹底的に潰され、日本は国として初めて無条件降伏するに至る。それから80年がたった現在、人の命を食らい尽くすこの修羅の命は日本から無くなっているのだろうか。私は第二次世界大戦で軍国主義が完敗し、今度こそ絶たれていたと思われていたその命は、令和の疫病を境に再び日本人の心に宿り始めている気がしてならない…

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ナガオ ハルフミ/59歳/男
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