2026/6/2
昭和22年に、「『特別市制』真相はこうだ」(昭和22年 大阪都市協会編集室編)に続いて、「特別市制問答」(昭和22年9月 大阪特別市制実施対策本部)についても発行されています。是非ご覧ください。
※ 大阪市公文書館で閲覧をし、私の方で文字起こししたものです。誤字脱字などがあるかもしれませんが、ご容赦いただければと思います。
(有料エリア設定がされていますが、「令和8年2月8日執行の大阪府知事選挙の無効を求める訴訟」にご支援ご協力いただける方にはご連絡をいただければ、PDFデータにてお送りしますので、ご連絡ください。)
特別市制問答
(昭和22年9月 大阪特別市制実施対策本部)
一 特別市制の必要
―― 特市特市と、このごろの新聞は毎日のように書きたてているが、われわれ市民にとっては、漠然とよいもののようには思うが、何故必要なのかははっきり分からない。それを一つ説明してほしい・・・・。
―― わが国の地方の組織は、ご承知の通り、市町村があって、その上に府県があるという二重の組織になっている。市町村を息子に例えれば、府県はおやじである。息子の力ではできないところをおやじがやって補ってやる。間違ったことをしないように監督するという建前である。小さい子供にはそれでよいが、大きくなり、一人前になって嫁も貰っている子供にはもうそんな必要はないし、かえってわずらわしい。大阪市の場合、焼けたとはいえ、人口50万、本年度予算は16億、まず財産もでき、社会的信用もある40台の長男とすれば、泉大津市は人口28,000、予算も300万円足らず、やっと幼稚園にでも入ったというところ、ところが現在の制度ではともにおやじである大阪府の膝元で部屋住まいの身分である。そこで大人になった子供の大阪市はよいかげんに家を分けて独立さしてくれという、極めて自然の要求が特市である。このおやじの実力をはるかに凌駕した息子を手元において、いろいろと干渉するので、ここにいわゆる二十監督とか、二重行政とかの弊害が起こる。
二重行政と二重監督による無駄と、弊害と、混乱とは仕事の多い大都市ほどひどいのであって、殊に二重監督の結果、関所が多いだけ余分の時間を要して、すべてのことがおくれ勝ちになったり、そのために時機を失って、出来るはずのものができなくなったりする不便は、市民の皆さんが、日常痛感しておられると思う。
今その弊害の二三の例を上げてみよう。
1 例を学校にとって見ると、大阪市は上は大学専門学校から、下は幼稚園を含めて281の学校を経営し、6,600人の教職員がいる。その小学校は市で建てるが、教員の任免や、学校の編成などの権限は、府にあるため、教員一人任免するにも一学級増減するにも一々府県に申請し、知事の許可を得なくてはならない。本人の適否は市の方で判っているのであるが、府の方では一々そんなことまで判らない。結局盲判を押すことになるが盲判を押すには無駄な書類と時間と人とを要する。
2 新制中学の問題にしても、大阪市は戦災によって多くの学校失って、その設備には相当窮屈している。ところが、同じ地域に余裕のある府立中学がある。これらも府と市と別々の経営であるから有無相通じることができない。
3 建物新築の場合も道路明示は市で受け、建築届は市を経由して府へ願い出るといった廻りくどい二重三重の手続きが要る。
4 重要河川は府で管理し、その他は市で管理している。従って防潮工事などの実施も施行地域によって、府市分割して施行することになる。この場合市の部分は竣工し、府の関係は未了のことがあって、非常の場合、市の折角の施設が用をなさないことが生じる。
5 市営交通事業の路線決定、運輸計画或いは下水道、上水道事業等の建設運営など全て科学的、専門的資料に基づいて決定された計画が府の監督権により、素人係官の常識に左右される場合がある。こうしたことはほんの一例で、くわしい実例は「二重行政、二重監督に伴う諸弊害の実例及び特別市制と食糧問題との関係」という冊子に挙げられているから、それについて見られたい。
それに大阪市のような大都市になると、小さな町村では見られないようないろいろの問題が起こる。それに従って市の行政というものも複雑になり、厖大になる。例えば、交通の問題にしても、電車・バス・地下鉄という市民の足の問題がある。道路一本をつくるにしても、大都市は幅の広い舗装した直線的なものを必要とするに反し、郡部町村ではそんな金のかかる道路よりも、町から村、村から部落に通じる沢山の道路を必要とする。都会は公園とか、緑地とかも必要とするが、郡部では苗場とか、種畜場とかを必要とする。都会では工業研究所を求めるに対し、郡部では農事試験所を要求するのである。このようにそれぞれ性格、環境を異にし、志向を異にするものが、同じ制度の中に縛られているのは、丁度左に行こうとするものと、右に行こうとするもの、足の速いものと遅いものとが二人三脚をさせられているようなもので、どちらも思うように足を伸ばすことができない。
特別市制は解放される市部のためであると同時に、解放する郡部のためでもある。やがてそれは国家全体の力を十分伸ばす所以でもあるのである。
二 特市運動の沿革
―― そんなに必要な特別市制が、市民の30数年来の運動ときいているのに、なぜ未だに実現しないのか。
―― これは一に官僚が、貴族院の封建的勢力や、戦争中には軍閥と結びついて、この大都市市民の自治的な要求を抑えつけてきたからである。
大阪市に東京市と並んで特別市制を布くべしとして、衆議院に初めて法律案が出たのが、明治14年であるから、今年で丁度37年の年月がたっている。その間、大正9年以後は六大都市の特別市制案として取り上げられ、衆議院も議員提出法案として5回通過したことがあったが、いつも貴族院で握りつぶしや、否決の憂目を見てきた。
しかし、昭和に入って市民の特市運動はますます熱烈となり、大阪市にも、昭和6年には大阪特別市制期成同盟会が成立し、市民・市会・市理事者・市内選出貴衆両院議員・言論機関が一体となって、或いは文書に、或いは言論に、またあるときは400の市民が警官の阻止を押し切って、列車を借り切って陳情のために状況するというようなこともあった。ところが支那事変以来、官僚都制がますます強化するとともに、この運動も後退せざるを得なくなり、同盟も自然に消滅してしまった。
この市民運動の退潮に乗じて昭和18年には、思いもよらない形で東京に特市が布かれた。すなわち東京都制である。これで自治体東京市が解体して東京府に吸収され、その第一代の長官に軍閥の巨頭西尾壽造大将が親任されたのである。
昭和20年8月15日「ポツダム宣言」の受諾により、我が国は根本的に民主化されることになり、憲法の改正とともに、地方制度も根本的に改正され、自治体の根本法ともいうべき「地方自治法」が本年3月の議会で制定され、「特別市」の制度も一応この法律の中に取り入れられた。
いまだに、特別市の「制度」の是非善悪を府県側で論議しているが、これはおかしな話である。大都市の地位を府県と同等にし、これを国家とじかに結びつけることは、わが国再建の上から言って、是非必要なことは、すでに国論として定まっているのである。
それならば、何故に府県側がこれに反対しているか。なるほど、内務省の解体も目前に迫り、府県知事は一応公選され、府の官吏も公吏に身分を切りかえられ、官僚の勢力は中央地方から姿を消したことになっているが、素性は争えないとでもいうか、官僚の血を引く彼等は、どうしても大都市の市民が自らの手で、自らの市制を行うという特別市の制度が気に入らないのである。だから、色々ともっともらしい理屈をかまえて反対しているが、それらはどれ一つ納得できるものではないことは、次々とばく論していくつもりである。
三 特別市の制度
――では、「地方自治法」にきめられた「特別市」の制度とはどんなものか・・・。
――大阪市が特別市となると、大阪府から独立して、大阪府、その他の府県と肩を並べて、直接中央政府と結びつく。そこで従来は市内で、府と市が二重に行政を行っていたが、これが市一本になる。例えば、市内の警察、消防署はもとより、府立の中等学校、病院、社会施設、土木事業などが市に引き継がれるから、いわゆる二重行政がなくなり、経営が合理的となって市民の負担が軽くなる。
また、知事のもっていた教育、産業、経済、保健衛生、社会事業、土木事業、都市計画事業などの権限が、特別市の市長に移るので、いわゆる二重監督がなくなり、すべての仕事が敏速となり、市民が二度足を踏むことがなくなる。
ところが「地方自治法」には一応制度としては確立しているが、「大阪市」が「特別市」になるためには「大阪市を特別市に指定する」という法律が別に必要なのである。自治法が本年3月の議会を通過するとき、衆議院では「この五大市を特別市に指定する法律は次の議会に速やかに提出すべし。」との附帯決議をつけた。そこで、現在その問題が議会で議論されているのである。去る8月30日の衆議院治安及び地方制度常任委員会では、5大都市を特別市に指定する法律案を議員提出案として、今期国会に上程することを正式に決定したことは新聞紙の報道することろである。
四 特市と食糧
―― 特別市となって府から独立すると、市内では米も野菜も殆ど取れないが、大阪市は食糧に困ることにならないか・・・。
―― (米)・・・ある知事が「特別市になったら、府県下の米も、野菜も特別市にはやらぬ」と暴言を吐かれたことがあるが、大阪の場合、府下産の主食で大阪市民が厄介になっている量はわずか40日分に過ぎない。後の325日分というものは、連合軍の好意による輸入食料と、北陸三県と滋賀、岡山から入ってくる。しかも、主食は全部政府が管理しているのであるから、府県がやるとか、やらぬとかは言えないのである。戦勝国アメリカが自国民の食糧を節約して国境を越え、恩讐を超えて世界の国民を飢餓から救うために、多量の食糧を放出している秋、この人類愛の結晶によってかろうじて飢をまぬがれている日本の国民が、国内おいて府県が違う食糧を出さぬというような考えがあるとすれば、よくよく罰のあたった心根と申すのほかはない。
ましてや、二合五勺の配給が、二合になったり、一合八勺になったりすることは絶対にない。しかし現実には10日も、20日も遅配、欠配が起こる。そこで生産県への出荷懇請ということが行われる。府会や市会の議員さんが、生産県に見返り物資をもって、割当量だけ出して貰うように、お百姓さんに頭を下げに行く。ところが、この見返り物資が府がもってきており、市の自由にはならないし、また懇請にも市は予め府の了解を求めておくか、或いは府と一緒でなければ行くことができぬ。そこで適時適策の手を打つことがどうしてもできない。
さて、生産地のお百姓さんが「大阪市民はお困りでしょう。いるだけ出しましょう。」ということになって、お米が大阪に送られることになっても、その配給の指示権は知事がもっているため、大阪に入った米は、結局郡部と市部とに人数割に分けられ、折角の生産県の好意が無駄になる。
また、たちの悪いお百姓は「大阪府下にも米がとれるのではないか、しかも高い闇値でどんどん市内に横流ししている。これを押えて市民に配ればよい。」と、出さない理由になる。なまじっか、府下に僅かの米がとれるため、よい口実を与えることとなる。
そこで、特別市になって純粋の消費都市になった方が、直接生産県と結びつくことができ、必要とあれば市内で生産される厖大な見返り物資に物を言わせることもできるので、食糧問題の解決のためにこそ、一日も早い特別市の実施を必要とするのである。
(野菜)・・・野菜は府下産に四割ぐらい頼っているが、これを大阪市民が買わねば誰が買うのか、大阪に入れないことになれば、困るのは市民ではなく、府下のお百姓さんである。それに、お百姓さんの一番欲しい肥料を市民は日夜生産している。というのは、150万市民のし尿の一日の量が約一万石、闇値にして百万円、一年に見積もると3億6千万円である。これさえあれば、野菜はどこからでもくる。現在でも、市民のし尿が闇に流れて、徳島の方から野菜が交換に入ってくる。
1 最近の例であるが、大阪市民の食糧欠配対策として、大阪市は府下農村に馬鈴薯の超過供出懇請を行った。大体百万貫を目標として、その見返りとして、大阪市民から人糞肥料を無償で(農家がその運賃だけを負担)提供したところ、予定量を突破して130万貫供出という良好な成績を挙げた。
2 魚の出荷懇請に市会議員代表が四国に行ったときの話によると、当地の漁業組合では「ここの魚を食糧に困っている大阪市民には喜んで出荷したい。大阪市ではわれわれの使う船や漁具を作って貰っている。しかし大阪府下へ出荷するのはいやだ。」という。その理由は大阪府下の南海沿線で獲れた魚は闇で市民にどんどん流されている。そのような所へ(公)で出荷するわけではないというのである。
五 特市と市民の負担、復興
―― 大阪市は戦災を受けて市の台所も大分苦しいらしいが、特別市になれば、市民の負担が重くなり、復興もおくれるのではないか・・・。
―― 府側では盛んに「大阪市が独立すると税の負担が重くなる。」とか、「復興は市だけではなかなかやれぬ。」と放送している。これに答える一つの数字がここにある。
昭和21年度の府の予算は総額6億1千万円であるが、そのうち税金その他の市民による負担による収入が2億8千万円、そのうち市内で市民のための事業や施設に使われる支出が2億8千万円、そこで差引1千万円が府下の方に流れているのである。
御承知のように、大阪市は戦災で大きな被害を受け都市の半分近くが焼失し、市民は日夜生活に追われながらも、孜々として復興にいそしんでいる。それに引きかえて府下は一部焼けたところはあっても、大部分は戦災を免れ、それに農村はインフレでかなり懐が楽だ。われわれ市民としては、むしろ府下から少しでもいただきたい位なのに、事実は反対に、焼けた市民が焼けない府下の住民のために負担を強いられている。従って大阪が特別市になれば、このような馬鹿げたことがなくなり、それだけ負担が軽くなるということになる。
大阪市の復興にしたところが、現在市の予算40億円、5か年計画(40億円)で、まず焼跡を整理して、その地ならしの仕事から取りかかっているが、府からはビタ一文の補助も受けていない。もっとも府からは8割の補助を受けているが、これは戦災が何も市民の過失から生じたものでないから、当然である。
大阪市の財政はなるほど苦しい。現に借金が9億円ほどである。しかし、これは上は国家財政から、下はわれわれの家計に至るまで、赤字続きであることを考えれば、ひとり悲観したものではない。それに何といっても大阪市は底力をもっている。転入抑制を厳重に行っても、月々2万人の人が復興事業に従事するために、市内転入を許可されている。それに大阪港が貿易港に指定されたので、今後どしどし外国船も入ってくるし、それとともに市内の中小工業はまた昔のような華やかさを取り戻すこととなるだろう。
六 残存郡部の独立の問題
―― 大阪が特別市となると、残った府下が一本立になれぬという議論があるが・・・。
―― その心配は決してない。人口を見ても168万円(昨年4月の人口調査)で、全国で広島県についで15番目、税収入の点からいっても同じく広島県について12番目で、中位の府県の実力をもっている。しかも府下には堺・布施・岸和田・吹田・守口・豊中・貝塚・池田・高槻・泉大津・枚方など11市をもち、特に堺・布施・岸和田などには相当大きな工場もあり、また農村は大消費都市の大阪を控えて、最近ではなかなか懐具合もよい。
しかし府下が、大阪が特別市になって困る部面があるとするならば、財政の上でも、いろいろ相談に乗り、事業も一緒にやって行ってよいと考えている。何も別になったからといって、急に「お前はお前、俺は俺」という水臭いことにはならない。
七 大阪都制論
―― 府下の市町村は長年大阪市と一体となって生活してきたのだし、この際、府全体をもって東京のような都制を布いたらどうか。
―― 一寸聞くともっともなように考えられるが、都制と特別市制とは似て非なるものである。
都になるとどうなるか簡単にいうと、現在の大阪市がなくなって、大阪府一本となることである。現在大阪市は府の下にあって、初めに説明したようにいろいろと不便を感じているが、それでも市の行政は、市民の選んだ市長と市会議員だけによって行われている。だから市民からどれだけ税金をとって、それをどのように市民のために使うかということを決めるのにも、ともかく市民の代表者の手で行われる以上、市民のH利益になるようなことが行われる心配はない。ところが都制になって、市がなくなり、都(府と同じ)で、これらのことを決めるとどうか。三島の山奥、河内の農村、南海の漁村の議員さんたちが、150万大阪市民の生殺与奪、というと大げさであるが、ともかく大阪市民の首をぎゅっと握ることとなる。市部選出の議員さんたちがどんなに頑張っても、民主主義は数が物をいう。現在府下の人口の方が市部の人口より30数万ほど多い。従って現在の府会を見てもわかるように、議員数は市部が32名、府下が42名で府下の方が10名多いのである。従って都になれば、市民の利害はいつも無視されることになる。
東京が従来の東京府一円をもって都制を布いたのは、一つの理由がある。それは府下の三多摩の処置に困ったからである。即ち切り離しては独立の県とはなれず、といって沿革上他府県にくっつけるわけにもゆかなかった。ところが、大阪の場合、府下は十分に自立して行けるので、何もこの東京を真似る必要はない。
また、大阪市のような巨大都市には、大規模で複雑な事業や施設をもっている。例えば、電車、地下鉄、バスのような交通機関、港湾(大阪港は全国唯一の市営港)上下水道、各種の病院、(市民病院、伝染病院、保健所など)幼稚園から大学までの教育施設、あらゆる種類の社会事業施設、厖大な復興都市計画事業など。このような府下の農村漁村とは全く規模も質も異なった行政を行っているのであるが、これを都で一本にして行こうということは、結局大都市の行政が破壊されることとなる。この点からも都制は適当ではない。
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カワシマ ヒロトシ/59歳/男
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