2026/7/13

渋谷区議会議員の鈴木けんぽうです。
「全国地方議会サミット2026」の初日に出席しました。
基調講演・ディスカッション「議会基本条例20年の歩みと検証から、未来の議会を考える」が非常に考えさせられる内容だったので、ご紹介します。
議会基本条例は、2006年に北海道栗山町議会で全国初の条例が制定されて以降、多くの自治体に広がってきました。
そこには、
「議会報告会」
「住民との意見交換」
「請願・陳情者の意見陳述」
「議員間討議」
「研修の充実と議員の資質向上」
「議会事務局の強化」
「チーム議会として首長に対抗する」
といった、議会機能を高める仕組みが盛り込まれています。
いずれも大きな意義があると思っています。
渋谷区では議会基本条例そのものは制定されていませんが、個別の制度として実現できるよう、私も長年提案してきました。
一方で、条例制定から20年が経過し、当初の理念を知らない議員も増えています。形骸化が進んでいる地域や、他自治体の条例を参考に作ったものの、十分に活用できていない議会もあるとの指摘がありました。
もちろん、何度も改正を重ね、進化し続けている議会もあります。
この差はなぜ生まれるのだろう。
議論を聞きながら、強く疑問に思いました。
改めて考えたのは、「住民にとって、議会や議員の価値とは何か」ということです。
条例が形骸化する背景には、議員自身がその必要性を十分に実感できていないこともあるでしょう。
そして、その背景には、議会改革そのものが有権者から強く求められていない現実もあるのかもしれません。
これが、今回の私の思考の出発点になりました。
議会の政策形成能力を高める。
議員間討議を充実させ、政策形成過程を透明化する。
議会を一つの組織として高度化し、首長と対峙できるものにする。
もちろん、どれも大切です。
ただ、多くの住民が議会や議員に求めているのは、もっと直接的な役割かもしれません。
困ったときに話を聞いてもらえること。
行政の対応がおかしいときに、代わりに動いてもらえること。
必要な情報やサービスを届けてもらえること。
信頼する議員に働いてもらえること。
仮に、こうした役割が中心に求められているのであれば、議会改革そのものは、それほど重要視されないでしょう。
透明化や効率化は歓迎されても、議会機能を高度化すること自体が、住民にどこまで価値として伝わるのか。
正直なところ、明確なイメージを持てませんでした。

翻って、渋谷区議会です。
現在、渋谷区議会には議会基本条例がありません。
では、議会が活性化していないのか。政策的な成果を上げていないのか。
決して、そういうわけではありません。
10年ほど前、パートナーシップ証明制度の創設を通じて、多様性社会推進のきっかけを作ったのは渋谷区議会でした。
良くも悪くも社会を大きく変えた制度ですが、その出発点には議員による問題提起と長年にわたる議論がありました。
最近では、テイクアウト店舗にごみ箱の設置を求める条例改正が行われました。
これは、従来の美化政策から一歩進み、テイクアウト店舗にも排出者としての責任を求める新たな枠組みです。私を含む複数会派の提言から始まりました。
夜間の路上飲酒を通年で規制する制度も、他自治体にはあまり見られないものですが、これも私を含む議員の質問から生まれています。
このように、議員の問題提起をきっかけに議論が進み、複数の会派が同じ方向を向き、行政が動くことがあります。
そして、そこで生まれた制度が他自治体に参照され、社会全体の変化につながることもあります。
明文化された議員間討議の仕組みがなくても、各会派が同じテーマを取り上げ、議論を重ねることで論点が整理され、政策に反映される場合は確実にあります。
そう考えると、現在においてコストをかけて議会基本条例を制定することが、本当に住民から求められているのかというと、なかなか即答できないところです。
議会改革は大切です。
ただ、その改革がどこまで住民に求められているのかは、時代とともに変わっていくように思います。
いま住民にとって重要なのは、議会改革をどれだけ進めたかということよりも、
という、より直接的な成果なのではないでしょうか。
議会をより高度化していくことは必要です。そのために議会改革は必要で、特に議会基本条例は優れた手段です。
しかし、それは手段の一つでしかないので、時代の要請に見合った形を模索するべきかもしれない。
議会基本条例20年を振り返りながら、議会改革は誰のために、何のために行うのかを、改めて問い直す必要があると感じました。

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スズキ ケンポウ/51歳/男
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