2026/6/13
最近、「旭川 事件多い」というキーワードの検索件数が多いと聞きました。
旭川に住む一人として、この言葉を目にすると、残念な気持ちになります。
もちろん、一つひとつの事件や事故は大変痛ましいものです。
しかし、「旭川は特別に危険な街なのか」と言われれば、
私はもう少し冷静に、その背景を考える必要があると思っています。
しかしなぜ、立て続けに起こってしまうのか
これはあくまで私なりの仮説ですが、いくつかの要因が重なった結果ではないかと思います。
① 地域のつながりが弱くなった
昔は、
「最近あの子を見かけないね」
「大丈夫?」
と、近所の人や地域の大人が自然に声を掛け合う場面がありました。
しかし、人口減少や核家族化が進み、人と人との関わりは薄くなっています。
家庭の悩み、子どものSOS、若者の孤立が周囲から見えにくくなり、
問題が深刻化してから表面化するケースが増えているのかもしれません。
社会学では、人と人とのつながりや地域コミュニティの力が弱くなると、様々な社会問題が起きやすくなることが指摘されています。
事件やトラブルが起きているというより、孤立した人を地域全体で支えにくくなっていることの表れなのかもしれません。
② 大人たちに余裕がなくなった
経済的な不安や人手不足の影響で、
それぞれに余裕が失われています。
子どもたちを支えるべき大人たちが疲弊している。
その結果、
「誰かが何とかしてくれるだろう」
という状態になり、支援の網からこぼれ落ちてしまう人が出てきてしまう。
人口減少、少子高齢化、若者の流出など、地方都市が抱える課題は年々深刻になっています。
これは旭川だけではなく、日本中の地方都市が抱えている課題だと思います。
③ 「見て見ぬふり」を生む空気
心理学では、周囲に人が多いほど、
「誰かが対応するだろう」
と考えてしまう現象があると言われています。
学校でも、職場でも、行政でも、
「自分が動かなくても誰かがやる」
という空気が生まれると、問題は放置されやすくなります。
大きな事件の後に、
「もっと早く対応できなかったのか」
という声が上がるのは、そのためかもしれません。
これは旭川だけではなく、日本中の地方都市が抱えている課題だと思います。
一方で、人口約30万人という旭川の規模だからこそ、
「誰かが知っているだろう」
「誰かが動いてくれるだろう」
という【傍観者心理】が働きやすい面もあるのではないか、
と私は感じています。
④ 行政への信頼低下が新たな不信を生んだ
女子中学生いじめ問題では、事件そのものだけでなく、その後の対応についても厳しい指摘がありました。
市民の中に、
「また隠されるのではないか」
「声を上げても届かないのではないか」
という不信感が生まれると、
社会全体の結びつきも弱くなります。
信頼が失われると人は孤立しやすくなります。
そして孤立は、様々な問題の温床になり得ます。
私は、事件そのものだけではなく、
事件が起きた後に、地域や行政がどのように向き合うか。
そこに市民の信頼がかかっているのだと思います。
⑤ SNS時代によって全国から注目されるようになった
以前であれば地方の出来事として終わっていた話も、
今は瞬時に全国へ広がります。
一つの事件が大きく報道されると、
「また旭川か」
という印象が積み重なり、新しい出来事が起きたときにも注目されやすくなります。
その結果、実際以上に「立て続けに起きている」という印象が強まる側面もあると思います。
人は印象に残った出来事ほど「頻繁に起きている」と感じやすい傾向があると言われています。
そのため、「旭川=事件」というイメージが独り歩きしてしまっている面もあるのかもしれません。
⑥ 地元にも広がる諦めや自虐
私は、旭川の人たち自身が、
「旭川だから仕方ないよね」
「また旭川か」
と、自虐的に話している場面を見かけることがあります。
何度も悲しいニュースを目にするうちに、
「どうせ変わらない」
という諦めの気持ちが広がってしまっているのかもしれません。
しかし、本当に怖いのは事件そのものだけではなく、
地域の人たちが自分たちのまちを諦めてしまうこと
ではないでしょうか。
まちに対する誇りや希望を失ってしまえば、
「どうせ変わらない」
「誰がやっても同じ」
「関わっても無駄」
という空気が広がり、さらに地域のつながりは弱くなってしまいます。
そして、その空気は次の世代にも受け継がれてしまいます。
本当に考えるべきこと
私は、
「旭川は事件が多い街だ」
というレッテルを貼ることではなく、
そこを考えることが大切だと思っています。
事件が起きてから対応するのではなく、
事件が起きる前に気づける社会へ。
困っている人が声を上げやすい社会へ。
誰か一人に責任を押し付けるのではなく、地域全体で支え合える社会へ。
必要なのは、
「誰かがやるだろう」ではなく、「自分にできることはないか」と考えられる地域社会をつくること。
そして、
「旭川だから仕方ない」と諦めるのではなく、「旭川だからこそ変えていける」と信じられるまちを次の世代に残していくこと。
私は、「旭川は事件が多い」という言葉の先にある、
「なぜ人が孤立してしまうのか」
「なぜ助けを求める声が届かなかったのか」
「どうすれば地域全体で支え合えるのか」
を考え続けたいと思っています。
事件の数を競うことでも、誰かを責め続けることでもありません。
「旭川は事件が多い」という言葉で終わらせるのではなく、
「誰も孤立させない旭川をどうつくるか」
それこそが、これからの旭川に必要な視点ではないでしょうか。
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タムラ ユウキ/38歳/
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