2026/7/17
こんにちは、田中ヒロシです。
いま国会やメディアを大きく揺るがしている皇室典範(こうしつてんぱん)改正案。安定的な皇位継承をめぐり、与野党間で激しい論戦が交わされています。
改正案は本日17日の参院本会議で成立する見通しと各メディアが報じています。
まぁ、これで良いのか気になることはあるけれど、改正案もさることながら、何が問題なのか残念ながらメディアは伝えきれてないように思う。
ということで、ヒロシなりに、研究家の主張をもとに、解説したいと思います。
法律がどうとかいうよりも、日本という国にとって、とっても大切なことなのです。
この議論は、単に次の天皇を誰にするかという手続きの話にとどまりません。実は、先祖代々受け継いできた日本の伝統や文化の価値、現代社会における平等や人権という価値のどちらを最優先すべきかという、私たちの国のあり方(国柄)に関わる深い問いが突きつけられているのです。
女性天皇が誕生したら、女系天皇となったら、国際的には“亡国”つまり、なんの権威もない生まれたばかりの国として扱われることになるでしょう。
今回は、2026年7月10日の国会で交わされた日本共産党・塩川鉄也議員による鋭い追及と、保守派の論客である執行草舟氏や小名木善行氏らの指摘を対比させながら、「伝統の大切さ」ってなんなのか!?
これから私たちはどうあるべきかを考えていきます。
現在、政府・与党が進めようとしている皇室典範改正案の柱の一つが、「皇統に属する男系の男子を養子に迎える案(旧11宮家の男系男子の皇籍復帰)」です。これに対し、2026年7月10日の衆院議院運営委員会・内閣委員会において、日本共産党の塩川鉄也議員は“矛盾だらけだ”として激しい批判を展開。
正しいかどうかは別として、塩川氏の主張のポイントは以下の4点に集約されます。
女性・女系天皇の議論の回避
「なぜ女性ではダメなのか。憲法が定める『統合の象徴』を男性に限定する合理的な理由はない」とし、女性天皇の道を閉ざす高市政権の姿勢は80年前の憲法制定議会(男女の区別は自由に考えて良いとした答弁)よりも後退していると批判。
血筋の遠さ(36〜38親等の隔たり)
政府側(宮内庁)への質問により、養子候補とされる旧11宮家の男系男子と現在の天皇陛下との血縁関係は「36から38親等もの隔たりがある」ことが明らかになりました。これは約600年前の室町時代まで遡る遠い血筋であり、2005年の有識者会議でも「広く国民の理解と支持を得るのは困難」と否定されたものだと強調しました。
憲法14条(門地による差別)との抵触
1947年に自らの意思で一般国民となった人々を再び特別な身分である皇族にすることは、憲法が禁じた「門地(家柄・血筋)による差別」にあたるのではないかと追及。
女性差別の助長
「男系男子」への固執は、かつての家制度のもとで男の子を産むことを強制し、多くの女性を苦しめてきた日本社会の姿と重なり、現代の女性差別を助長するものだと主張しました。また、養子縁組のルールが決まっていないため、政治家による「皇室の政治利用」が起きる危うさも指摘しています。
現代の「人権」「平等」「憲法」という価値観から見れば、塩川議員の指摘する矛盾は非常に論理的であり、世論の一定数が女性・女系天皇を容認する背景にも、こうした「現代的な正しさ」があります。
しかし、歴史研究家の小名木善行氏や思想家の執行草舟氏らの視点に立つと、この問題の見え方は180度変わります。なぜなら皇室とは、「現代の合理性や政治的価値観(人権・平等)の物差しでは測ることができない、目に見えない伝統そのもの」だからです。
塩川氏は「36〜38親等の隔たり!」を根拠に「遠すぎる血筋だ!」と批判しますが、保守派の視点から見れば、「何百親等離れていようが、2000年間一度も途切れずに父方をたどれば神武天皇に繋がる男系(Y染色体)の血統を維持してきたこと」それ自体が、世界に類を見ない日本の奇跡であり、最大の伝統文化の本質なのです。 小名木氏は「日本で最も古い歴史・伝統・文化の象徴が天皇である」と語り、そこを守らずして何を守るのかと訴えます。
過去に何人もの女性天皇(男系女子)は存在しましたが、誰も「女系天皇」へと血筋を転換させませんでした。先人たちが命がけで守ってきたこの「一貫性」こそが、日本人の誇りの源流となっています。
小名木氏は、皇室は一般人が立ち入ってはならない「禁裏」であり、週刊誌のネタのように一般国民の感覚で議論すべきではないと指摘します。
そもそも皇室には、居住移転の自由や職業選択の自由、選挙権など、憲法が保障する「基本的人権」の多くが適用されていません。
皇室という存在自体が一般国民とは異なる次元にあるため、一般社会の「男女平等」や「門地による差別の禁止」という憲法の文条をそのまま皇室の血統に当てはめようとすること自体が、伝統の本質を見誤っているという反論になります。
執行氏は、世論の「愛子さまがかわいそう」「女性差別だ」といったヒューマニズム(人道主義)的な感情を利用し、なし崩し的に女系天皇へ道を開こうとする動きを「伝統を破壊するための次元爆弾」なのです。
もし現代人の都合や、ここ数十年の「流行」にすぎない価値観で2000年の伝統を書き換えてしまえば、それは歴史に対する不敬であり、一度壊した伝統は二度と元には戻りません。
国会で示された「現代の人権・法理論」と、お二人が語る歴史的伝統への畏敬。この鋭い対立を前に、私たちはどう歩むべきでしょうか。
小名木氏が提言するように、現在の皇室典範が、一般の政治家が多数決で決める法律になっていること自体が、ねじれの根本原因です。
戦前のように、皇室のあり方は皇族会議など皇室内部の意思決定(皇室自決)に委ね、国民はそれを静かに仰ぎ見るという形に戻すための典範改正が必要だと考えられます。政治的なイデオロギーや政争の具に皇室を巻き込んではなりません。
塩川氏の言う「一般国民として育った旧宮家を皇族にする矛盾」や「政治利用の懸念」は、確かに制度設計上の課題として注視する必要があります。
しかし、だからといって男系の伝統を安易に捨てる理由にはなりません。
執行氏が指摘するように、「男系男子の確保」は皇室という本家を支えるための「文家・親戚(宮家)」のネットワークを取り戻す作業です。
15歳という年齢制限などの足かせを排し、歴史の正統性に基づいた旧宮家の皇籍復帰を粛々と進めることが、長期的かつ安定的な皇位継承に繋がると考えられます。
文化歴史って、伝統のない国にとっては、『際』のないボーダレスな考えです。
日本は違います!
数年前を思い出してください。昆虫食とかいって、こぞって国会議員がコオロギとかミルワームとか“うまいっ!”とか言ってましたよね。
日本人は、イナゴや蜂の子は食べましたが、コオロギは食べませんでした。
きっと食べたことはあるのでしょう。
ウニとかホヤだって食べたくらいですからね。
ということは、日本人は長い歴史の中て、食べられるもの食べられないものを実体験として、判断したのだと思います。
その判断は、50年とか100年とかではなく、数100年、1000年を超える時間で検証したのであるとヒロシは確信しています。
皇族の話も同じです。
継承がうまくいかないこともありましたが、ことなきを得て、男系で進んできたのです。
2000年超です!
“私はこう思う!”など、個人の意見や一時の感情とは関係のない世界なのです!
皇室典範をめぐる議論は、私たち現代日本人が「歴史に対する責任を果たせるか」の試金石です。
そもそも、養子縁組15歳問題って、一般国民の話。皇室と国民は憲法違うのではないでしょうか。
「女性差別?!」女性は皇族になれるチャンスはありますが、男性にはありません。
つまり、男性差別です。
そして、効率性や平等が最優先される現代社会において、2000年間変わらないものを維持し続けるのは、気が遠くなるほどの努力と覚悟が必要です。しかし、その非合理的なまでに守り抜かれた、男系男子による祈りの血統があるからこそ、日本は世界のどこにもない独自の輝きと国柄を保つことができたのです。
国会で交わされる法理の矛盾にも目を配りつつ、それ以上に、先達たちが命がけでつないできたバトンの重みを感じ取ること。メディアの目先の風潮に流されず、歴史への畏敬の念を持ってこの議論を見守ることが、いまを生きる私たち日本人の大切な役割ではないでしょうか。
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西武新宿戦沿線、中野区白鷺の田中ヒロシから「【皇室典範改正】2000年の伝統vs現代の価値観―国会論戦から見える本質的な対立と守るべきもの」でした。
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