2026/7/25
皆さん、おはようございます。前回、私たちは古河市で始まった新しい仕組み、成果連動型民間委託(通称SIB)についてお話ししました。行政の財政的な負担やリスクを抑えながら、民間の素晴らしい知恵と活力を生かす、一見すると完璧な「最先端の器」です。しかし、どれほど立派な仕組みを作っても、土台がなければ、それは『見せかけの器』で終わってしまいます。古河市の子どもたちの笑顔を守るための「こどもの居場所支援事業」。その最前線に立つ現場は、今、どのような現実に直面しているのでしょうか。行政がまとめた「古河市こどもの居場所実態調査報告書」という、1冊の確かな統計資料があります。回答率73.3%、市内で実際に子どもたちの居場所づくりに取り組む22の市民団体から寄せられたその生々しい数値と声から、私たちは目を背けてはならない「二つの冷たい現実」を突きつけられることになります。
まず、居場所を運営している市民団体の姿を、数値から冷静に見つめていきましょう。
統計が明らかにしたのは、私たちが想像する以上に「個人の善意に頼り切った現場の姿」でした。以下の2つのグラフをご覧ください。


グラフが示す通り、極めて過酷な現実が浮かび上がっています。
予算の現実:約6割が「年間活動費30万円未満」 居場所を運営する団体のうち、じつに6割近くが年間の予算30万円未満という、極めて小さな規模でやり繰りをしています。
人員の現実:約6割が「1回あたりのスタッフ数1〜4名」 たった数人の大人が、場所の確保から食材の調達、調理、子どもたちの見守り、片付け、事務処理まで、すべてを自分たちの手でこなしています。
財源の現実:半数以上が「不安定な外部のお金」に依存 活動費のすべてを自分たちの持ち出しで賄っている団体が2割強ある一方で、半数以上の団体は、いつ終わるか分からない寄付金や助成金といった、不安定な外部の資金を頼りに、その日その日を綱渡りのように運営しています。さらに、驚くべき、そして看過できない事実があります。 じつに3割近くの団体が、万が一の事故に備える「保険」に加入できていないのです。予算もなく、人も足りず、保険にも入れない。それでも、「目の前の子どもたちのために」と、地域の温かい有志たちが身を削るようにして、自己犠牲の上に辛うじて居場所を成り立たせている。これが、最先端の仕組みの裏側にある、古河市の現場の「骨組みの脆さ」なのです。
これほど厳しい、限界ギリギリの状況であるにもかかわらず、現場では子どもたちを包み込むような温かいドラマが毎日、生まれています。アンケート用紙の「活動を通じて印象に残っているエピソード」という項目には、ボランティアさんたちの目を通じて見つめられた、子どもたちの「心の変化」が溢れるほどに書き込まれていました。
「貧困により荒れていた心の子どもが、食事を満足に食べられるようになって、少しずつ穏やかになった」
「友達がいなかった子たちが、ここで友達を作ったり、大人と話すことで、少しずつ社会性を身に付けていった」
「引きこもりがちだった子どもが、ここに来るのを楽しみにするようになり、やがて学校の部活動にも参加できるようになった」
ここに集まるのは、経済的な困難を抱える子どもたちだけではありません。親が仕事で遅く、一人で冷たいコンビニのお弁当を食べる「寂しい孤食」を抱えた子ども。学校や家庭に息苦しさを感じ、誰にも言えない悩みを抱えた子ども。 そんな子どもたちが、温かい湯気の立つごはんを食べ、お節介だけど温かい地域の大人たちと他愛もないおしゃべりをする。ただそれだけで、強張っていた心が少しずつほぐれ、もう一度、前を向いて歩き出すのです。
「最初、音楽や楽器にまったく興味がなさそうに一人で部屋の隅に座っていた子が、時間の経過とともに、自分から少しずつみんなの輪に入っていった。最後の頃には、にこにこしながら楽しそうに楽器を演奏していた姿を見て、音楽には、 そして誰かと繋がることには、本当に力があると強く感じた」
この温もりこそが、市民団体の皆さんが守ろうとしている「地域の安全網(セーフティネット)」の正体です。
私たちはただ「現場はこんなに素晴らしい活動をしている、感動的だ」と涙を流すだけで終わってはなりません。統計データは、さらに深く、本質的な「構造の罠」を指し示しています。アンケートの中で、現場を運営する大人たちが「開設当時から、今になっても変わらずに、最も苦しみ続けている課題」が、高い割合で一致していました。じつに50%(半数)の団体が、「本当に支援を必要とする子どもや保護者、世帯に来てもらうことが難しい」と答えているのです。なぜでしょうか?
これまでの行政や地域の取り組みの多くは、チラシを配ったり、ホームページに掲載したりする「待ちの姿勢」でした。しかし、本当に困窮し、精神的にも社会的に孤立している家庭ほど、日々の生活に追われ、情報にアクセスする心の余裕すら奪われています。「子ども食堂をやっていますよ」というお知らせが、一番届いてほしい「暗闇の中で声を上げられずにいる家庭」に届かない。さらに、古河市のように公共交通機関が限られ、車社会である地域特有の課題もあります。 活動場所が公民館や福祉施設などの広い場所に限られるため、子どもが自分の足で歩いて行くには遠く、親が車で送迎できない家庭(特に時間の余裕がないひとり親家庭など)は、物理的に「行く手段がない」のです。「仕組みはあるのに、本当に困っている人まで手が届かない」 この致命的なすれ違いを解決しない限り、いくら優れたシステムを動かしても、真の解決には至りません。
予算もない、人も足りない。それでも現場は奇跡のような温もりを作り出している。 しかし、その温もりは、もっとも救われるべき子どもたちの元へ、まだ十分には届いていない。この現実を知ったとき、私たちはどうあるべきでしょうか。行政が最先端の仕組み(SIB)を動かすだけで、すべてが解決すると考えるのは、あまりにも単純です。 また、行政が情報を届けられないことを、ただ一方的に批判するのも、本質的な解決にはなりません。実は、この「本当に届けたい人に届かない」という高い壁を前に、お役所の職員さんたち自身もまた、「これまでの待ちの姿勢ではダメだ、変わらなければならない」と、自らの殻を破って動き出そうとしているのです。
大切なのは、カツカツで踏ん張っている現場を、私たちはどう社会全体で支え、そして「情報が届かない家庭」へと繋ぐ、温かい人間のリレー(ネットワーク)を作っていけるかです。では、この過酷な現実の中で、古河市の大人たちはどのように知恵を絞り、子どもたちの笑顔を守るための「血の通った居場所」を維持しているのでしょうか。次回、私たちは古河市の現場で、自分たちの手で少しずつ現実を温めようと活動を続けている、二つの居場所の物語へと足を踏い入れます。
【古河市こどもの居場所実態調査報告書】









この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>峰 やすゆき (ミネ ヤスユキ)>古河市の未来を変える!新しい挑戦② 〜数字の裏に隠された古河市の子どもたちが置かれたリアル〜